パンツは履いておけ。

この世は乱世

もしもシンデレラにサイン・コサイン・タンジェントを教えたら

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 正月、滋賀県の県庁所在地である大津にて夫の親類と食事をとった。

 琵琶湖を眺めながら、鉄板焼きの近江牛をいただく贅沢なランチ。湖のほとりには、晦日に降った雪が融けきらずに残っており、元日の日差しに反射してきらきらと輝きを放っていた。そんな新年最初のレイクビューは、やはり最高だった。

 

 食事の最中、ひとり、私のほうをずっとチラチラと見ている女の子がいた。彼女は、雪ちゃんといった。小学四年生。百人一首や歴史が大好きで、私のことをお母さんから聞いたようだ、会うのを楽しみにしてくれていたという。

 

「担任の先生が百人一首好きで、学校でやっとるんです。それでこの子も好きになって」と、雪ちゃんのお母さん。

 私も、小学四年生のときに百人一首をやっていた。これは唯一自発的にやっていた趣味で、都大会で準優勝した経験があり、まあ、中学受験があったので、百人一首はそれ以降すっかりやらなくなってしまったのだが、一応まだ句をすべて覚えていた。恐るべし、三つ子の魂百まで。

 

「なあ、姉ちゃん、ウチ来たら百人一首やろうや」

 

 ちょうどその後、そのお宅へ上がる予定になっていたので、お邪魔した。

 雪ちゃんは、家に着くなり、いそいそと百人一首の札を並べ始めて、自分のお母さんやお父さん、そしてこちらのお義父さんなどを引っ張り、さっきのホテルでのしおらしさはどこへ行ったのか、いろいろな大人たちを巻き込んで強引に参加させた。

 

 私はえらいことになったと思い、助け舟を求めるように、夫をちらりと見た。すると、言うが早いか「俺は百人一首とか全くわからんから、ごめん」と、せんべい片手にソシャゲを始めた。この野郎。

 お義父さんはお義父さんで、「カナコちゃん、本気出してええで、子供には社会の厳しさを教えてあげなあかん」とささやいてきた。関西人の悪ノリに、私はこれから慣れていけるのだろうか。

 

 

◇◇◇

 

 

 結局、いい勝負を演じ、最後は雪ちゃんに花を持たせてあげて、ご機嫌に2回戦目で切り上げることができた。

 みんなで茶菓子をいただき、昔ながらの日本家屋で団らんした。土壁の香り、木造家屋のぬくもり、畳の感触。祖父母が存命のときは、こういう正月を過ごしたのだが、一家離散してからというもの、思えば、正月らしい正月を過ごしていなかった。

 

 夫が席を外すと、私は異様な気まずさで仕方がなかったが、何も言わないで黙っているのもまずいと思い、適当な世間話を始めると、意外にも向こうの家族は私に興味深々であった。

 

「国立大だなんて、えらい頭がいいんですねぇ。雄太、勉強のこと聞きいや、あんた受験生やろ。」

 別に私はそんなに賢いわけではないんですよ、と返したかったが、まあ、突っ込み始めるときりがないので、スルーした。ちなみに、雄太君とは雪ちゃんのお兄ちゃんであり、高校受験を控えていた。

 突然名前を呼ばれた彼は、「突然そんなこと言われても…」という顔をしていた。私としても、「突然そんなこと言われても…」である。中卒フリーターから大学進学した挙句2回大学変えている奴の話なんて、どう考えても参考にならないだろう。

 

「うちの雄太は数学はよくできるんですけどね、英語と国語の文系科目が全然できひんくて…かわりに雪のほうは、国語や歴史が得意なんですよ」

 

 お母さんはそう言うと、自分に寄りかかって英単語のスマホアプリに夢中になっていた雪ちゃんを、「なあ」とひと撫でした。

 

「やっぱり、男の子は理系で女の子は文系なんですねぇ」

 

 私は、その時、言い返したかった言葉を、愛想笑いとお茶で飲み込んだ。

 

 

◇◇◇

 

 

 私は、中学受験のときに算数が苦手だった。代わりに、国語と社会が得意だった。対して、兄は、算数がずば抜けて得意だった。

 母親は男女分けされた全国模試の得点分布表と私の成績表を見比べて、「まあ、あんたは女の子だし、仕方ないわね」みたいなことを言ったのを、今でも鮮明に覚えている。以降も、算数の得点が他の科目に比べて多少低くても、あまり怒られることはなかった。そして、ズルい私は、その時女でよかったと思ってしまった。それは私が生まれて初めて、女であることを狡猾に利用した瞬間であった。

 ただ、それと同時に、「そういう風に言われちゃうと、逆に女の子も「なら算数できなくていいや」って思っちゃうんじゃないかな」とも考えていた。

 「女だから~」という社会通念が先回りすることで、それをできなくていいことの免罪符にしてしまう女は少なからずいる。これが算数の話だけにとどまらず、大人になってからのキャリアにも置き換えられることだというのは、後年になってから知った。

 

 もちろん、データによって裏付けされている男女それぞれの適性を頑なに認めないわけではない。理系学部進学率や科目ごとの得点率にジェンダー差があるのは理解している。ただ、それによって「男の子だから」「女の子だから」という社会通念が強固になって、再生産されていくのが恐ろしい。

 そもそも、グラデーションのように無限にある性別を男と女に二分すること自体が(社会生活の便宜上とはいえ)、ナンセンスなことであるのに、それによって他者から適性を決めつけられることほど、どうしようもないことはない。

 

 加えて、思い込みというのは、予想以上に人に影響を与えるものだ。小さいときに「あんたはブス」と言われた経験がある人は、大人になっても呪いのようにその言葉を引きずって、必要以上に自分を不器量だと思い込むし、同じように「女の子は算数が苦手」と言われたら、女性には理数系が向いていないと思い込んで生きていく。

 

 そして、私が以前所属していた大学は、ひたすら「リケジョ」という言葉を推していたが、そこには「理系の学問は、ふつう男性がやるもの」というメッセージが内包されているような気がして、どうも好きではなかった。

 


◇◇◇

 

 

 もしも、シンデレラにサイン・コサイン・タンジェントを教えたら、意外とハマったりして。雑事の片手間に数学の専門書を眺めて、そこから新しい世界が広がったら、彼女は舞踏会に行かなくても、王子様に見初められなくても、ガラスの靴を落とさなくても、幸せになっただろうな。

 

 帰り際、雪ちゃんは私が乗っている後部座席に向かって、「また来てや~!」と全力で手を振っていた。

 彼女は将来、何になりたいのだろうか。そして、何になるのだろうか。