パンツは履いておけ。

いろいろはみだしてる人の人生備忘録

今日は何着て生きていこう

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 小学生のとき、同級生が色とりどりの可愛らしい洋服を着ているなか、私は近所に住んでいる5つ上のお姉さんの色褪せたお下がりを着ていた。

 父親がロクに働かず、勤務医として働く母親の給料のほとんどが、私たちの習い事などの学費に費やされていたからだ。服は買うものではなく、貰うもの、というのが母親のスタンスであった。

 

 近くに年上の男の子が住んでいなかったため、長男の兄はたまに新品のものを買ってもらえていたが、その下の弟は当然兄のお下がりばかり。長女である私も、近所に年上のお姉さんがいたせいで、ほとんど洋服を買ってもらった覚えなど無かった。

 

 メゾピアノ、ロニ、シスタージェニィ…。クラスのカースト上位の女の子たちは、そんな服を身に着けて、みんなの憧れの的になっていた。

 

 これが小学校という世界なのか。1年生になったばかりの私は忸怩たる思いを抱えながら帰宅し、夜勤に出る直前の母親に言った。

 

「みんなかわいい服着てた。私もお下がりじゃなくて、ああいう服ほしい…」

 

 特に私が通っていた学校では、メゾピアノが流行っていた。そのブランド名をちらっと挙げた瞬間、母親はカッと目を見開いて言った。

 

「はぁ~?小学生のくせにブランドものとか生意気よ!!そういうの着てる子と仲良くしちゃだめだかんね!!いやらしい!!」

 

 母親はぴしゃりと言いつけ、「ったく、そんなん着せて学校に行かせる親はどうかしてるねぇ」とボヤいた。

当時の私は、母親の機嫌を損ねることが最も怖かったので、冗談っぽく笑った。

「そ、そうだよねぇ~…ちょっと言ってみただけ」

嘘。本当は、「自分もどうしても着たい!」と言いたかったのに、そんな自分をガムテープでぐるぐる巻きにして、段ボールに詰めて、押し入れの奥に放り込んだ。

母親はそんな私を見て納得したのか、フンと鼻を鳴らし、当直医として病院へ出かけて行った。

 

 そしてあえなく玉砕した私は、けっきょく小学校6年間、隣のお姉さんが着古したダサイヨレヨレの服を着た地味な優等生として卒業していった。

クラスのオシャレな女の子たちから、洋服のことで揶揄われ、いじめられながら。

 

 

◇◇◇

 

 

「ん、これ、ええやん」

 

 それから十数年経った私は、東京・丸の内のエルメスで、サンダルを買った。

ギラリと光る赤いペディキュアがよく映える、漆黒のボディ。一目で気に入った。

値段は多分10万円ぐらいだったと思う。エルメスの中では大人しいほうの値段かもしれないが、私が今まで買った被服品では最高額だった。

 

 私はそれを履いて、母親の住むマンションへ行った。諸手続きに必要な書類のやり取りをするためだった。

母親は、私の足元を彩るエルメスのサンダルを見るなり、露骨に顔をしかめた。

 

「そんなものにお金をかけるなんて馬鹿じゃないの」

 

 相変わらずのようで。

しかし、私は知っている。昔から、母親がクローゼットの中にコーチやヴィトンのカバンを隠し持っていたことも。

それに対して、母親はこう反論した。

「大人はね、そういうのを一つは持っていないと馬鹿にされちゃうのよ」

 

 脳内の血管がびりっと切れた。戦闘開始。

 

「は?それなら私ももう、二十歳を超えていますけど、とっくに。持ってたっておかしくないじゃん」

「あんたは学生でしょう」

「でも、本来はもう社会人として就職している年齢なんだから、持ってたっておかしくはないでしょう。TPO弁えて身に着けているし。それに、ちゃんと全うに働いて得た賃金で買ったモノを身に着けて、何が悪いの?」

 

そして、私は最後に、ダメ押しを決めた。

 

「あのさ、私、小学生のときにいじめられてたじゃん? その原因がまともな服を買ってもらえなかったからだって、知ってた?」

 

母親の顔が凍り付いた。

 

「私が今日何を着て生きていこうが、もう私の勝手なんだから」

 

 

 私はエルメスのサンダルを豪快に脱ぎ捨て、ズカズカと部屋に上がった。そして、書類の署名欄などを記入してもらうと、「じゃ」と帰る支度をした。

 母親は、少し申し訳なさそうな顔をしながら、私の機嫌を伺うように、「お昼、食べてく?」と聞いた。その姿が、あの夜母親の顔色を見ながら服をねだっていた7歳の私と重なった。

 

「いらない」

 

どーせ、ギスギスしながら昼ご飯食べることになるんだもの。

私はもう、アンタのご機嫌なんて取らないのよ。

 

 

マンションのクソ重たいドアを、ばたんと閉めた。

 

 

 

連休の読書にどうぞ。宣伝乙。