パンツは履いておけ。

いろいろはみだしてる人の人生備忘録

人生で大事なことは、全部夫が教えてくれた。

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その1:人間は同病にならないと哀れめない。

夫の第一印象は、「カオはいいけど冴えない人」だった。

人間関係の不和・一家離散から鬱を発症し、通っていた私立中のエスカレーターに上がらず、都立高校に転がった私。しかし、それもすぐに辞め、とりあえず高卒認定や大学受験などにかかる費用を貯めるために、16歳でファストフードのアルバイトを始めた。

そんな小娘にも丁寧に目線を合わせ、名字を言い、「宜しくね」と言う13歳年上の男性。準社員のバッチが光っていた。

頼りなさそうだが、まあ優しい顔はしている、と思った。

まだ社会のなんたるかを知らなかった私は、ぎこちなく口をゆがめて「こ、こんにちはぁ…よろしくお願いします…すいません」と言った。

おどおど。しかも、常に語尾に「すいません」。昨今の私の女王様的高飛車態度からは考えられなさすぎて、今の知り合いが過去の私を見たら驚くと思う。

中3の終わりは鬱で入院していたからほとんど学校に通っていなかったし、まだ対人で話すことが厳しかったのだ。人との距離感がわからずに、とりあえず「すいません」って下手に出とけばなんとかなると思ってたし、カウンターで接客していると吐き気が込みあげて来て、急に座り込んでしまうこともあった。

挙句の果てに、抗うつ剤で体がむちむちに、体重は60kgもあったから、こりゃイジメは避けられない。

 

イジメの主犯格になっていた、一コ上のフリーター――彼女も高校を中退していたのだが、勝手に私の履歴書を事務室から漁り出して、読んだらしい。

「高校中退とか!!プッ、学歴社会だしいろいろ大変だろうけどがんばってね!」

ブーメランじゃねぇかテメェ、と思ったが、「私は彼氏がいるからいいの!結婚するんだし」と即座に私の口を完封して去って行った。

彼女は「新人指導」と称してメニューのコール(店員同士で使う暗号みたいなもの)を抜き打ちで検査し、ちょっとでも間違っているところがあると私をいびった。

 

ある日、休憩室に行くと、そのフリーターさんは奥の方で(未来の)夫の悪口を言っていた。

「30になるのにフリーターとか超ヤバくないっすか?〇〇さん。パティシエ辞めたとかなんとか言ってて、いつまでフリーターやるつもりなのかな~。準社員っていったってバイトじゃん、ウケる。まあ、私は女子だから別にいいけど。」

完全にブーメラン突き刺さってるのに、最後に自分のフォローも欠かさない当たりが腹に立つ。(こういう女が嫌いだから、後年にジェンダーをやることになる。)

胸糞が悪すぎて、自分の上着だけ取って、私は速足で店を後にした。近くのミスタードーナッツが当時の避難所だった。

 

こんなことをやっているうちに、再び精神が擦り切れて来て、鬱が再発した。16歳の初夏であった。店長だけにはきちんと事情をしゃべり、1か月入院ののちに店に戻ってくると、なんだか店の雰囲気が変わっていた。

 

どうやら、店長が私の鬱を喋ってしまっていたらしい。しかも、「あの子は精神的におかしい、高校に行ってないのはそのせいだ」という尾ひれつきで。やはり口に戸は立てられないということか。

私はまたひとつ、人間不信になった。

 

障がい者と噂されるようになった。すぐそばに私がいるのに――いや、いるからこそだったのかもしれない。

そんな日が続き、何も喉を通らないからオレンジジュースだけを飲んだ。

休憩時間はミスタードーナッツに行っても良かった。というか、店を辞めても良かったはずだ。他に飲食店なんていくらでもあるんだし。でも、逃げたら負けだと思った。

 

「障害……から、ダイエットか……」

休憩時間、私が隅の方で座っていると、奥の事務室の方から、店長のボソボソと低い声が聞こえてきた。そのたびに、「キャハハ!!」と甲高い下品な女たちの笑い声が聞こえる。

 

これだから、人間は、嫌いなんだよ。 

 

その時、夫が突然休憩室に入って来たのだった。

 

「そういうこと言うもんじゃありませんよ、店長。誰だって辛いことがあったら、病気のひとつやふたつはします。あと、〇×さん、そろそろ休憩終わりだから戻って来て。君たちの笑い声、客席にまで聞こえてたから」

 

急に気まずくなったのか、談笑をしていた人たちは「ああ…うん…」と蜘蛛の子を散らすようにいなくなり、店舗に戻っていった。

それを見送ると、「さて、俺も休憩」と店の原材料を保管している業務用冷蔵庫から何かを取り出した。

「ケーキ食べる? 俺が作ったんだけど」

はい、とうなずいた途端に、ボロボロと涙がこぼれた。びっくりするぐらい、急に滴り落ちた。

ふやけた視界の中で、ぼんやりと茶色いスティックケーキがうつっていた。

「よしよし」

 

これは随分後になって知るのだが、夫がパティシエを辞めた原因も鬱だったという。初めてその話を聞いた時には、やはりと思った。

同病相憐れむ。逆に言えば、人間というのは、同病の者しか哀れむことが出来ない生き物なのだ。鬱も、鬱になった人やその周囲の人間にしか、苦しみはわからない。

夫は幸い通院と自宅療養でどうにか回復したそうだが、やはり、痛みを知る人は、その分共感深く、他者に愛を与えられるのだなと思った。

 

  

その2:すいません、って言うな!

かと言って、別にこれで夫を好きになるということはなかった。

甘い展開を想像していた方々には申し訳ないが、一つ言わせてもらうのであれば、そんな恋愛漫画みたいなご都合展開あるわけねーだろ、なのだ。

 

夫の前で泣いたことなどなかったかのように時は流れ、いつの間にかマフラーを巻くぐらい寒い季節になっていた。

抗うつ剤が抜けた私はすっかり痩せて、一時期肺炎を起こすなどしたものの、ほとんど今と同じぐらいのスレンダーなボディを輝かせていた。

17歳の誕生日を迎えたあたりから、やたら街でナンパされるようになった。だいぶナチュラルメイクであったが化粧もしっかり覚えたし、それ以上に若さが持て余す肌艶パワーのおかげもあるかもしれない。

 

同じことが、バイト先でも起こった。

おどおどしてて、すいません、という美少女が困っていたら助けたくなるのが男の性らしい。手のひら返しもすさまじく、何も言わなくても仕事を手伝ってくれる人が増えた。鼻の下を伸ばして、「俺がやるよ!」という男子大学生たち。夫を除いて、社員もみんなチヤホヤしてきた。(※残念なことに、ここが人生でのピークです)

 

「ええ、でも、だめですよ、すいません~」

今の自分からしてみたら、はっ倒したくなる。だから当然、同性にも嫌われると思ったが、そうではなかった。女子大生たちからは「明るくなったね~かわいい~」とマスコットのように可愛がられ(恐らく態度からして本心だったと信じている)、私をいじめたフリーター女も、なぜか手のひらをひっくり返した。

むしろ「ねぇ~、どうやってそんなに痩せたの?可愛くなったの?ヨガ?ピラティス?教えて~~?そだ、こんど一緒にご飯行かない?あと映画!」と、付きまとってくるようになった。

そうですね、鬱で苦しんで抗うつ剤飲んで痩せるのを待つといいですよ、と今なら返せるが、当時の私は「あの、えっと~すいません~」しか会話パターンを持ち合わせていなかったので、彼女の推しに負けてとにかく振り回された。

毎日メールがきて、休日に全て遊ぶ約束を入れられた。ストーカーの域で連絡を寄越してくるフリーター女に辟易し、周りもその状況に同情してくれた。

 

そのとき、夫が私にかけた一言が、今でも忘れられない。

 

「すいません、って言葉は、本当に大事なときにだけ使った方がええねん。自分を安売りしているのと一緒やから、どうでもええ奴につけ込まれるんよ」

 

一瞬関西弁が出てきたのにも驚いたが、確かに、と思った。

私たちは、決して安売りしてはいけないのだ、自分を。

 

 

 

気が向いたら、その②を書くかもしれません。