パンツは履いておけ。

いろいろはみだしてる人の人生備忘録

忘れるという復讐

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憎くて憎くて仕方がない人は、きっと誰にでもいる。

これを読んでいる貴方にだって、いるでしょう。

しかし、誰かに対する憎しみの感情を心の中で育て続け、恨みと復讐のために生きていくことほど、人生にとってナンセンスなことは無い。

そう私に教えてくれたのは、13歳年上の夫だった。

 

 

◇◇◇

 

 

両親の離婚による家族離散、家庭内暴力、いじめ、周囲の大人からの裏切り、鬱、自殺未遂という、世の人々が「不幸」のレッテルを貼りつけるものすべてを青年期までにコンプリートしてしまった私は、例外に漏れず、大人になっても過去の記憶が呼び覚ますフラッシュバックに苦しんだ。

 

特に、最近母親に言われた一言が原因で、ひどいフラッシュバックを引き起こすようになった。

このブログ内にも多少書いているし、文筆でもネタにしているが、私の母親はかつてサブカルチャーに異様なまでの嫌悪感を示していた。

特に、アニメ・ゲーム・漫画。これが大嫌い。内容も見ずに、私が持っているマンガを全て「いやらしい」「エッチなもの」「教育によくない」と判断して、勝手に捨ててしまったこともあった。

 

それが先日、どういうわけか、母親から「おすすめのゲーム教えてよ」と連絡がきた。

長年続けたご自慢の医療職を引退し、時間を持て余しているのだろうか。

私はムッときて、「そういうの嫌いだったんじゃないの?昔、私がやってたら、エッチなものやるなって言って怒ってたくせに」と返した。

すると母親は「え~?お母さんそんなこと言ってないよ?あんたの勘違いじゃない?」と返信してきた。にこにこ、というウサギのスタンプ付きで。

全身の血が一気に頭に上った。手がわなわなと震えた。

 

お前のせいで、お前が、お前が私を苦しめたのに、勝手に人の物まで捨てて、それなのに自分のやったことを忘れて、わすれやがって!!!

 

メッセージに切れ切れの思いの丈を書いたら、頭に上った血が全部足元に落ちて行ったので、一気に全部バックスペースで消した。

そのままスマホをベッドの、布団の海に放り投げて、あ゛ーーーーと叫んだ。

筋ジストロフィーを発症した母親の、薄くなった鎖骨部分を思い出したら、怒りをぶつける場所がなくなったのだ。

 

そんなわけで、今も、よっぽど疲れているとき以外は、睡眠導入音楽がないと、寝付けない。布団に入り、脳みそが眠りに落ちるまでの、あの空虚な時間に、昔経験した憎しみや苦しみの陰がちらつくからだ。

何か思考を妨害するものがないと、それは足音もたてずにいきなりやってくる。

布団に入るのさえ怖い夜がある。

酷いときは、寝付くまで旦那に添い寝してもらわないと、不安で仕方がない。いったい、二十何歳児なんだ、私は。

 

「許せないなら、忘れるしかないよ」

 

夫の声が、眠りの淵にいる私の五臓六腑に染み渡った。目の淵から零れた涙が頬を伝い、シーツと、夫のシャツを濡らす。

この人と一緒になってよかったと思った。

 

 

◇◇◇

 

 

許せないなら、忘れるしかない。

これは至言だと思う。

 

人間、生きていれば一人や二人――いや、それ以上、どうしても許せない存在にぶち当たる。

 

「どーせ同じに生きるんだったら、楽しく生きたほうがいいよ?今思い返してもどうにもならないことは忘れよーよ」

 

というのが夫の主張だ。

確かに彼の言う通り、嫌なことは忘れて朗らかに生きたほうが、明らかにクオリティ・オブ・ライフが高いはずだ。

ただ、嫌なことをそうそう忘れられないから、人は苦しむのである。

どうしたら嫌なことを忘れられるか、夫に相談した。

 

「楽しいことをすれば、嫌なことを忘れられるよ!」

 

穏やかな笑顔でそう答えてきた。

だから、夫は、昔からずっと私を色んな所へ連れて行ってくれたのだと、今になって理解した。本当に、いいやつだ。

 

 

◇◇◇

 

 

セミがうるさい。

ほどよく自然に囲まれたキャンパスを恨み、私は指導教員と顔を睨み合わせた。

 すると、

「顔、こっわ」

と開口一番に言われた。 

 

怖くて結構。ニコニコ愛想を振りまいていると、余計な奴が寄ってくるから。舐められてたまっかよと、キツく、眉間に皺寄せて、触れるもの全てを傷つけるような凍てつく視線をぶん撒いて、生きていくんだよ、私は。

 

「世の人間という人間を恨んでそうな顔しているね。さてはお母さんと何かあったか。」

 

とすっ、と矢が私の心に命中した。図星。

「あたった?あたった?」とによによして来て、本当にいやらしい人だと思う。

 

「君の、お母さんに対する一番の復讐って何だと思う?」

自称ドS教授、にこにこしながら語り出す。

「……文筆頑張ってもっと売れっ子になるとか、海外の大学院にいくとか、ステータスあげることですかね」

ははっ、ちがうちがう、と一蹴。

 

「君が、もっと旦那さんといちゃつくことだよ。そんで、それを見せつけてやんなさい、お母さんに」

 

「は?」

 

「君は、人生の途中から、お母さんの思い通りにならずに、自分の意志で、超ぶっ飛んだ人生送って来たんでしょ? 裏を返せば、お母さんの敷いたレールから外れたから、今素敵な旦那さんがいるわけなんじゃん。君、今幸せでしょ?」

「まあ、昔に比べたら状況はだいぶマシになりましたけど」

数年前まで中卒フリーターだったもんな、私。

「それってさ、自分の意志を貫いたから幸せを手にしたわけじゃん。つまり、お母さんの教育には意味がなかったっていう証明なんだよ。『私、お母さんのことなんかもう忘れて、旦那と楽しくやってるから』っていうのを見せつければ、お母さん超ショックだよ。俺が親だったら生きる気失くすね~」

 

くはー俺ってやっぱドSだわ~と己惚れる指導教員をよそ眼に、私は確かに、と思った。

 

誰かに忘れられるのって、憎まれるのよりも傷つくかも。

先日の母親のメールが、いつもよりも私の怒りのストライクゾーンにハマったのは、私をこれまで苦しめてきた母親の発言を、彼女自身が忘れていたからだ。私の苦しみを、闇に葬り去ったからだ。

  

ということは、憎い相手こそ憎まずに、忘れたほうが、よっぽどキッツイ復讐になるのかも。

 たとえば、私を昔虐めていた人と、ばったり街で再会したとする。

意外とこういう奴って、自分がかつて虐めていたことはさっぱり忘れて「きゃー!元気だった~?」などと話しかけてくるもんだ。

ここで、「あんた忘れたのかよ!!昔私の事虐めてたくせに!!」と怒ったら相手のドツボ。「忘れた」には「忘れた」返しでお見舞いしてやる!!

だから、私はすかさず言うのだ。「は?どちら様ですか?」と。

 

「あなたのことなんかもう忘れましたけど?それより私いま夢中になっていることがあるし、執筆の仕事あるし、院進学の準備で忙しいし、旦那いるしぃ~?」みたいな感じで、あなたよりも充実した人生送ってますけど何か?酸いも甘いもかみ分けちゃった系女子ですけど何か?というオーラをビシバシ出してやる。

 

うーん、こりゃあ相手はショックに違いないぞ、うふふ。

 

 

 

◇◇◇

 

 

心の中で憎しみを育てないようにする技術は、なかなか難しい。

だったらもう、単純に、忘れるしかない。忘れるだけだから、簡単でしょう。

ニンテンドー64のリセットボタンを押すように、ぷつっと、忘れてみるといい。

日常の中でふと思い出しそうになった時は、無理やりにでも他のことを考える。何でもいいから、憎しみをぶり返さないようにする。

それだけで、人の毎日は明るくなる。

そう気づくまでに、私はあまりにも心身を憔悴しすぎたのだ。

 

今年の夏は、留学に行く。それから帰ってきたら、国内旅行にいってそのまま旦那の実家に行く。青い空に浮かぶ夏の入道雲でも見て、過去を忘れ、かつての私を苦しめた人たちに復讐してくるとするか。