パンツは履いておけ。

いろいろはみだしてる人の人生備忘録

毒親の娘の罪

私の母親は、第三者から見ると「毒親」というやつらしい。異様なまでに子どもの学歴に固執して、教育ママ。他の人から「キラキラ家庭」に見られたいという願望が強い一方で、他の家庭がそのようだとすぐに嫉妬して、子どもの前でも延々と悪口を言う。子ども部屋のゴミ箱は漁り、レシートや買い食いのゴミをチェック。

自分でも、ひょっとしたらそうなのではと思って生きてきたが、他人からその「毒親」レッテルを貼られるといよいよ辛い。私は自分の母を、毒親、と呼べない。それは、私も、母親へ毒を与え続けてきたからだと思う。母にとっては、私は「毒娘」であったに違いないし、今でもきっとそう思ってる。私が母に与えてきた毒、すなわち私の罪をここに告白したい。

 

一つ目の罪:小銭泥棒をしたこと

私は、小学校高学年から中学生ごろにかけて、母親の貯金箱から小銭を抜き取っていた。理由は、月1000円のお小遣いでは足りなかったことが原因である。当時、漫画やライトノベルやアニメ雑誌を買っていたのだが、これらを一・二冊買ってしまえば、その月はもう終わりなのだ。言い訳がましいが、アル中DVの父親が引き起こす家庭内不和と、受験や勉強のストレスから逃避するためには、毎月一冊か二冊の娯楽では、不十分であった。しかし、素直にお小遣いをせびったところで、漫画やアニメを問答無用で「いかがわしい」と言い放つ母親に、取りつく島はなかった。そのため、私は薄々と罪悪感を肌で感じ取りつつも、苦肉の策で、母が苦しい生活の中でこつこつと貯めてきた貯金箱に、厚紙を差し込むコソ泥になった。

 

二つ目の罪:散々母親を振り回したこと

私は、辞め癖が酷い。現在までの学歴で、三回もの退学歴がある。一度目は、私立の中高一貫校。人間関係のこじれと私の心の疲弊で、中学三年の秋で辞めた。(とはいっても義務教育なので、公立中に転校して、全く通いはしなかったがそこで中卒の資格を得た)二度目は、高校である。中高一貫校を途中で出てしまったので、当然高校を受験しなくてはいけなくなった。しかし、高校受験の直前まで鬱で入院していたため、言葉は悪いがろくでもない高校しか受からなかった。結局馴染めず、一ヶ月と行かず退学した。三度目は、つい最近である。その後高卒認定をとって大学に入った私は、その大学を丸二年通って退学した。しかし、これは、専攻を変えるために他大学に三年次編入するためであったし、そこでも単位はしっかり取っていたので、以前の二つの退学に比べたら比較的ポジティブなものである。だが、母親には「落ち着きがない」「一つのことをやり遂げられない人間の屑」と評されている。それが私の地を這うような自己肯定感の低さにつながっていることは否めない。

私の人生だから、私が何回退学しようが母親には関係ないっちゃ関係ないのだが、特に中学・高校に関しては、母親は退学の折に色々なところに頭を下げてきてくれたので、恨みごとの一つや二つ言いたくなるのは仕方がないのかもしれない。

 

三つ目の罪:苦労人の母を「敵役」に仕立て上げていること

ここまで読んでお分かりだと思うが、私は常に母親からのフィードバックを気にして生きている。もう大人だし、離れて住んでるんだし、些細な事言わなきゃいいのに、何かあるたびにホウ・レン・ソウを欠かさずして、やっぱり喧嘩して、関係が常にこじれ続けていく。私がつい、それをしてしまうのは、心のどこかでまだ、母親に認めてもらいたいという承認欲求があるからなのだろう。幼少期から思春期頃まで、喉から手が出るほど欲しかったそれは、やっぱり現在も手に入らなくて、今も私は欲求不満でからからに干からびている。

母親は、当時、夫が酒瓶片手にどうしようもなく暴れ回っている家庭の中で、一人で子ども三人の面倒を見ていて、辛かっただろう。ある意味、母子家庭よりも状況は最悪であった。そんな中でなんとか育ててもらっておきながら、自身の人生の汚点の全てを、母親のせいにして、文筆の上でも母親を「敵役」にして生きているところが、私の最大の罪である。我ながら、ズルくて、セコいと思う。

私の親しい人から言わせると「今までされてきたことを考えれば、容赦なく切り捨てていい」。私だってそう思う。母親にされてきたことの中で、死んでも許せないことは、両手の指を使っても数え切れない。出来ることなら、今までの恨みを晴らすように、老いていく母親を、めっためったに打ちのめして、「毒娘」を最期まで演じ切りたい。しかし、私の心に最後に残っている良心のひと欠片がそれを許さないのだ。病魔に侵されていく母親の浮いた喉骨を見ると、もう私は「毒娘」にはなれない。

 

共依存?きっとそうだったのかもしれない。

しかし、最近になって、やっと、良いことも悪いことも母親には報告しない、という道を見出した。周りには寂しくて歪な親子関係だと思われるかもしれないが、そんなの、どうだっていい。私と母親が互いに生きやすければ、それでいいんだ。ただ、そうするためには、親子という"ほだし"を無色透明なものにして——あるいは一度、ぶっつりと切断してしまって、それぞれが持っている毒を、お互いの身体に循環させないようにしなくてはならない。

そして、各所で書いたエッセイなどで、母親をしょっちゅうネタにしてきたことを懺悔したい。