パンツは履いておけ。

いろいろはみだしてる人の人生備忘録

鉄壁のまんこ

↓の続きです。

 

virgo.hatenadiary.com

 

 

 

木曜日の研究室は、居心地がいい。毎週この曜日に、私は勉強会と称して指導教員の研究室を訪問することになっている。そこで、先生と私は、学問のことやら人生のことやらについて、好き勝手話すのだ。出会ったばかりの学生に援助交際歴があるという過去を告白されたにもかかわらず、顔色ひとつ変えずに、それさえも研究テーマだと言い張ってくれた我が指導教員の好意に、私は今、どろどろに甘んじている真っ最中なのである。

 

現在、自身の研究テーマに対してどのようなポジションをとっていいか分からず、途方にくれている私であるが、どれほど追い詰められているかというと、現実逃避に突然茄子を育て始めるほどである。別に、茄子が好きとか、家庭菜園そのものがやりたかったとか、そういうわけではない。植物を育てることを通じて、自分の過去との曖昧な向き合い方がどうにか変わらないかとか、そういう甘っちょろくてよこしまな感情を抱き、茄子の育成に着手したのであった。(たぶん、南木佳士さんのエッセイの読み過ぎである。)

 

 

私はいそいそと近所の100均でプランター、野菜用の土、じょうろ、スコップをかき集めた。用具が高価であればいいというものでもないが、このあまりに安価すぎる園芸用品一式から、私の家庭菜園への本気度の低さが伺えるだろう。しかし、植え始めて二週間、チープな生育環境にもめげずに、茄子の苗はすこやかに背を伸ばし、ひとつの大きな蕾をつけた。一方で、私には未だ何の芽も出ていない。これが、残酷な現実である。

 

 

 

「『なぜ、ジェンダーを研究するのか』っていう問いは、君にとっては『なぜ生きるのか』っていう問いとイコールなんだと思う」

 

 

 

寝る前に先生からの言葉を反芻し、茄子に霧吹きで水をやるのが、私の日課になった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

17才で無事にぱんつを売った私は、その後、味をしめてパンツを売りまくる——などという風にはならなかった。

 

確かに、「自分が丸一日バイトして得られる日給は、ぱんつを売れば一瞬で稼げる」という事実は胸を刺したが、ぱんつを売る手間や、ぱんつの元手を考えると、それほどいい商売だとも思えなかったからだ。さらに、郵送であったとしても、他人(しかも、女性の履き古したぱんつに興奮するような人間)に自分の口座や本名を知られてしまうのが怖く、ぱんつを売り続けるということは、そうしたリスクを増大させていくことだと気づいた。そして何よりも、バイト生活がとても充実していたからだ。先輩とも馴染んだし、後輩も出来て、社員ともシフト終わりにごはんに連れてってもらうぐらい仲が良くなったので、ぱんつを売るよりも、安い賃金でも、やっぱこっちのほうがいいやと、そういう見解に至った。

 

かくして、普通に飲食店のアルバイトをして過ごしていた私だが、一応大学に行きたいとは思っていた。この時、普通に高校に通っていれば高校二年生であった。高卒認定は早々に取得していたので、その先の大学受験のための勉強を始めようとして、それまで一日7h、週4~5日で入れていたシフトを、じわじわと減らし始めていた。ときどき旅に出たりしていたものの、それ以外に何か大きな買い物をするわけでもなく、貯金も30万ほどあったので、貯蓄よりも勉学に必要性を感じたのだ。

 

そんな感じでしばらく過ごしていたのだが、ある日、それまで可愛がってくれていた社員たちから、よそよそしい態度を取られていることに気が付いた。食事も向こうから誘ってくれていたのに、今はこっちから誘っても、メッセージの返事さえ来ない。挨拶しても返してくれない。業務連絡だけはかろうじて、訊いてくれるが、誰も目は合わせてくれない。

 

まさか、何か知らないうちに大きなミスをやらかしていたのではないか、クレームを貰ってしまったのかと、戦々恐々としていた私は、社員たちの顔色を窺いつつ、その日の帰りに、事務所で休憩していた店長に「あのう、何かしましたか」と恐る恐る尋ねた。すると、店長はたばこをぷかぷかふかしながら、私の顔も見もせず、煌々と光るパソコンの画面を見つめながら答えた。

 

「あのさ、将来のことが大事なのもわかるんだけど、いきなりシフト減らしたりされると困るんだよね。こっちも人手がいま足りないしさ。別に勉強するなって言ってるわけじゃないんだけど、店側としては商売だしさ、君一人の将来より店の将来のほうが大事なんだよね」

 

血が全部足元に下がっていくような感覚。それ自体は初めてではなかった。でも、学校も行っていないし、家庭にも居場所がなくて、バイト先が唯一の居場所だと思っていたので、大げさでもなんでもなく、それまでの人生で最もショックな出来事だった。足元から世界が崩れていくのを感じた。今度こそ、私は息が出来なくなって、死ぬのではないかと思った。そして店長は、たばこの煙をフーッと吐ききり、私にとどめを刺した。

 

「あれ、なんか勘違いしてない?僕は君を可愛がっていたわけじゃなくて、シフトにたくさん入ってくれる子を可愛がっていただけだからさ。君じゃなくてもいいんだよ。あ、もし辞めるなら、代わりにたくさん入れる子紹介してくれると助かるわ~」

 

店長は、ついに私の顔を一度も見ずに、話を終えると、私を事務所から追い出した。言い返せなかったというよりも、バイト中毒だった私は「そうか、シフトにたくさん入れない私は要らないのか」と、妙に納得してしまっていて、言い返すという発想すらなかった。

そして、私はバイトを辞めた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

自分にとって残された、世界で最後の居場所からも追い出された。しかも、ご丁寧に、「君は要らない」というレッテルをぺたりと貼り付けられて。

私にはもう、○○高校×年とか、△△部の部長とか、「フツウ」の人が持っているはずのそういう所属や肩書もなくて、さらに家庭崩壊もしてるから、母の娘であるとか、兄の妹であるとか、そういう意識すら持っていない。社会とのつながりがなくなった私は、素っ裸で宇宙空間に放り投げられた気分だった。

そのころから、私は、援助交際の真似事をするようになった。「真似事」と表現するのには理由があり、これは後述する。

私は何も考えずに、ネットの掲示板で会ってくれる男性を探し、都内のホテルで行為に「及ぼうとした」(この意味についても後述)。本当に、びっくりするぐらい、何も考えていなかった。私は今でも、この頃の自分が何を思ってこの行為に及んだのかは分からない。(だから、今、こんなに苦しんでいるのだが。)まあ、改めて自身の行動を振り返り、理由を後付けするならば、せいぜい「寂しかったから」。こんなものであろうか。やはり、私にとって世界で最後の居場所がなくなったから、それを作るために、誰かと、繋がろうとしたのかもしれない。

さて、「真似事」、「及ぼうとした」というワードを強調した理由を、説明したい。私はこの頃、数人の人たちと会って、行為に及ぼうとしたが、なんと、全員の男性器が、私の女性器に入らなかったのである。処女だったせいもあるかもしれないが、私のまんこは、どうやっても誰のちんぽも受け入れなかった。援助交際やってる子が処女なわけないだろうと勝手に思ってるおっさんたちが、ごりごり遠慮なくちんぽを入れてこようとしたのに、だ。

 

オイルやローションを塗っても、私のまんこは難攻不落であった。そうこうしているうちにホテルの時間制限を迎え、どのおっさんたちも予め約束していた金額より安価な紙幣を私に握らせ、「思ってたのと違う…」みたいな悲壮感溢れる表情をしながら、ラブホの店先で私と別れていくのであった。

 

 

◇◇◇

 

 

この出来事を振り返り、なぜこの時私の女性器は開かなかったのかを解明していくことが、私の使命だと思うのです。

まだ、このお話は、少し続かせてください。

女子大生がパパ活市場に潜入しましたルポ

 

ジェンダー社会学について勉強している大学生が、パパ活という社会現象(というか、女子大生のライトなセックスワークの手段の一つとなりつつある「アルバイト」) の実態について探るため、実際に出会い系サイトに登録し、パパ活をやってみたというだけのレポです。

 

 

 

 

 

 

 
 
 

 

 

パパ活とは?


ご承知のとおり、パパ活とは、若い女性が「パパ」と呼ばれる金持ちの男性(中年~年配であることが多い)とデートをすることでお金を貰う活動のことである。

援助交際とは違い、肉体関係なしで金銭のやり取りが発生するというのがポイントである。ソープやピンサロなどの風俗店およびキャバクラやガールズバーのいわゆる水商売に比べて敷居が低く、現在女子大学生の間でひそかにブームとなっている。

 

男性からしてみれば、「ヤれないし、食事代やデートに必要なお金を負担しなければいけないうえ、一日の終わりには報酬としてお小遣いをあげなければいけない」という最早プラマイゼロむしろマイの世界である。

しかし、それでも不思議なことに、「パパ」になる男性は常に一定数いる。

なぜ、男性たちは「パパ」になりたがるのだろうか?

その理由を探るべく、ガチでパパ活をやっている女性には申し訳ないが、少し「パパ活」市場を覗かせてもらうことにした。

 

 

 

 

出会い系サイトに登録!

出会っちゃうゾ~~



 

ちなみに私は、容姿に自信がない方である。

吾輩はブスである。

 

そんなわけで、自分に髪型と顔の輪郭が似ているモデルの写真を使用し、某大手出会い系サイトに登録することにしたのだった。

 

 使用した写真はこちら。

盛ってるっていうレベルじゃねーぞ

 

 

「ショートヘア かわいい」で画像検索して上から2番目ぐらいに出てくるやつである。

これにアコという偽名をつけ、私のアカウントは完成した。

 

 結果、1分も経たずアホみたいに男性陣から通知がきました。

  

しかも、年齢確認を終わらせていない段階*1で、まだ性別と名前と年齢しか公開していないうちから「今夜会える?^^」「ホ別2でどう??*2」などのふらちなメッセージがくるわくるわ。

 

だが、援交目的やヤリ目的は今回の趣旨に反するのでオール無視である。

プロフィールに「私の夢を応援してください☆」などとパパ活の希望者をほのめかすワードを書き込み、ダンディそうないわゆる「パパ」っぽい人からのアプローチを待つことにした。

 

 

釣り針を落とし小一時間後、有象無象のメッセージに紛れて62歳男性からのお誘いが

 

 

プロフィールのステキな写真に惹かれてやって参りました。

こんな年寄りでもよければ、ぜひ仲良くしてくださいませんか?

 

 

 

アイコンの写真が絶妙なアングルであったため、顔はよく確認できなかったが、全体の雰囲気から察するに、いい人ではありそうだった。

――そして、その人のプロフィールページに飛んでぶったまげた。

職業欄に「医者」

年収は4000万円

これ釣りか詐欺かなんかか?と警戒しつつ、なんか面白そうなのでメッセージを続けることにした。

 

出会い系サイトでは、女性は利用料完全無料であるのに対し、男性はメッセージを送るのにもコストがかかる。

なので、早めに外部*3に誘導しようとする男性は、たかだかメッセージ代をケチる程度の男でしかないので、「パパ」としては見込めない。即ち切る。「悪・即・斬」というのが「るろ剣」のみならず、「パパ活」でも定石であるようだ。

 

だが、この男性、なかなか自分の話を続ける。今日はどこそこに出張だの、今晩は会食だの。

 

すなわち、お金は持っているように思えたが、人生斜に構えまくってるクソ女の私は「あら~自分を医者って思いこますために必死なのね~」と上から目線であった。一体何様だろうか。

気が付けば、丸2日サイトのメッセージボックスでやり取りをしていたのだった。

 

 

 

  

 

 

 

「パパ」の正体に気づくまで


 なかなかしぶとくメッセージを続けてきた「パパ」が、やっと私を外部に誘導した。

LINEを提案してきたものの、さすがに抵抗があったため、フリーメールでやり取りを続けることに。

「パパ」は私を気に入ってくれたようで、「もしかして、君は僕の最後の愛人になってくれるかもね」とぼやいていた。ちょっとさすがにそれは重いが。

 

ちなみに、この時点で分かっていた「パパ」のスペックを整理すると、以下の通りである。

 

  • 62才
  • 医者(自称)
  • 既婚者
  • 年収が4000万円(自称)
  • 別荘を持っている(写真を送ってくれた)

 

 

まだ確信を持てないところも多かったため、私も半信半疑ながら連絡を取っていたが、「パパ」が送ってきたある写真によって、その疑念は払拭されることとなった。

 

 

 

昔、医療雑誌に掲載された僕の写真だよ(^-^)

10年前だし写りは余りよくないけど、アコ、僕のことを嫌いにならないでね? 

 

  

 

 ほうほう、と思いながらその添付されてきた写真をグーグル画像検索にかけると、地方の大学病院のホームページが検索に引っかかる。

 

一番最初に出てきた「○×大学付属病院 △△長のお言葉」というページをクリックすると、そこには、今メールで送られてきた画像と全く同じものが貼りつけられていた。

 

「え?え?」と半ばパニックになりながら、その○×大学付属病院 △△長という方の本名をGoogle検索バーに打ち込むと、wikipediaの記事が。

 

そこに書かれていた壮大な職歴は、これまで「パパ」が自分の昔話として話していた内容と、ばっちり整合性がとれていた。

 

 

 

えらいこっちゃ…

 

 

 

 

 

 

 

 

「パパ」とのアポイントが成立するまで


メールのやり取りを続けるうちに、ついに食事のお誘いが。

「パパ」から週末の夜にディナーに行かないかと言われたのだが、安全を考慮し昼間の都内某所でランチをいただくことに。

 

予約は僕がばっちりしておくので、アコは来るだけで大丈夫です♪

食事の後に、お小遣いをあげますね

 

 

マジか、本当にいいのか…。

あまりにも簡単に「パパ活」市場に潜入できたことに拍子抜けする。

しかし、出会い系で釣れた100人のうち1人ぐらいはこのような人がいるものなのだろうか。 

 

 

はい💛✨お気に入りのワンピースを着て伺いますね!!(*^-^*)

楽しみにしています♪

 

 

 

と、女子大生っぽいピュアな絵文字と清楚な印象を与える敬語をブレンドした渾身のメッセージを送り、下準備は完了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

ついに「パパ」と……


その週末、私は都内の一等地にある高級ホテルの前に立っていた。

もはや待ち合わせ場所がこんな豪華なホテルのロビーだと、相手のスペックを疑う余念もない。間違いなく金持ちのニオイがする。とんでもねぇ人を引っ掛けてしまったもんだ。

荘厳な外装を目の前に今すぐ逃げ出したくなるが、グッと堪えて「パパ」の待つロビーへ。

ロビーのすぐ脇にはホテルのレストランで優雅に食事をとる人々の姿が見える。

一瞬そちらに気を取られたものの、「パパ」は案外すぐに見つかった。

 

互いに軽く挨拶を済ませたが、パパは私が写真の女性と若干違うことにやや何か言いたげであった。しかし、実際みんなそんなもんだ。誰だって写真は200%マシだから気にするな。

 

 

何事もなかったかのように、「じゃ、私たちも食べましょうか」とホテルのレストランへ向かおうとしたのだが、そんな私を「パパ」は制止した。

「僕たちが食べるのはそんな安い所じゃないよ?」

いや、そんな安い所って、そのホテルのレストランもフルコース1万円ぐらいしそうなお店なんだけど。

 

私は、待ち合わせ場所がホテルの中だったので、ホテルのレストランで食事すると勘違いしていたが、どうやら、「パパ」の連れて行ってくれるところは、一見さんお断りの知る人ぞ知るレストランなのだという。慣れないヒールをガタガタ言わせながら、ヒヨコのように「パパ」の後ろを歩いて行き、ついた先は、地下にある薄暗い入口の、看板さえ出ていないフレンチのレストランであった。

 

 「パパ」が扉をノックすると、ボーイさんが4~5人出て来て、私たちを出迎えた。

私のような人間が一生拝めるような場所ではない。完全に場違いであった。

「パパ」は顔なじみのボーイさんと会話しているが、私は落ち着かずアホみたいにあちこちを見渡す。なんかよくわからん西洋画がたくさん飾ってあり、他にいた客もみな殿上人に見えた。

 

「その絵は全部本物だよ。時価数百万ぐらいのものが多いかな。」

 

ボーイさんに椅子をひかれながら着席した「パパ」が答える。

パパ活市場に潜入したつもりが、別のところに潜入していたようだ。やべぇ。

 

その後、値段の書いていないフルコースのお品書きを見ることになるが、もはや味さえも分からなかった。

ただ、前菜でやってきた「たんぽぽのソテー」は、噛んだ瞬間に野原を思い出させる食感だった。たんぽぽを食べたのは生まれて初めてだったし、多分これからもないだろう。あとはなんか高級なものを少しずつ食べた。ぶっちゃけ、私のような庶民にとっては違いも何も分からないし、それよりも普段履きなれていないヒールを履いたので靴擦れが半端じゃなかった。そちらの方が気がかりであった。

 

私は「パパ」との優雅な時間を壊さないように、赤べこのごとく、ひたすら頷き話を聞いていた。

 

 

デザートまで、一通りのフルコースを終えると、「パパ」に化粧室に行くよう促された。テメェのきたねえ面を洗ってこい的な意味なのかと思い一瞬ヒヤリとしたが、食後女性を化粧室に連れて行き、その間に男性が会計を済ませるというのは上流階級の皆様の間では常識なのだという。案の定、戻ると会計が終わっていた。

口直しの水がワイングラスに注がれており、「パパ」が私に封筒を渡した。

 

「これ、約束の『お車代』ね」

 

店を出ると、「パパ」は「また連絡してね」と会釈して、都会の雑踏に消えていった。あれからもう一度も連絡は取っていない。写真が200%マシだったからね。

 

帰りに封筒を開けると、二万円が入っていた。

 

 

 
 

 

 

なぜ男性たちは「パパ」になるのか



  

食事のときに、恐る恐る聞いてみた。

 

「あの、こういうのって結構されてるんですか?」

「そうだね。ただ、誰でもいいってわけじゃないよ。ある程度教養があって若い女の子と楽しく過ごしたいだけなんだ。僕はお金はあるんだけど、妻とは本当に婚姻関係にあるだけの夫婦って感じ。疎遠だし、互いに仕事も忙しいし」

 

 

奥さんもバリバリの実業家らしく、物理的にも心理的にも結構すれ違っているそうです。

 

 

「つまり、細く長く会える子を探しているんですか?」

「うん。その見返りとして、僕は『お小遣い』をあげてるんだよ。僕の寂しさを紛らわせてくれるお礼にね」

 

 

 

「パパ」が今までそうやって付き合ってきた子は何人もいるらしい。直近で付き合ってた女性は、今年の二月に結婚をすることになり「パパ」関係が終焉を迎えたという。

 

つまり、パパ活」とは、男性側の視点から見れば、お金のある裕福な男性が、寂しさを埋めてくれる女性を探すための活動であるという。

パパ活」がキャバクラなどと他の疑似恋愛を売り物にしている商売と異なる点は、「細く長く」にあると見た。ワンナイトラブの時代は去り、頻度は少なくても定期的に会い、関係を深めていくことに楽しみを見出すミドルたちが多いようだ。

 

以上より、「パパ活」は高度な疑似恋愛を求める大人の男性と、リスクが低いライトな水商売を求める若い女性――特に時間に融通の利く女子大学生が入り混じる場所であった。

 

 

他の「パパ」に出会えばまた色々な話が聞けそうだが、もうしばらくはやりたくない。

パートナーへの罪悪感も去ることながら、とんでもない権力者を釣ってしまったことに少々驚きを隠せず、しばらくこのテの話題は食傷気味になりそうだ。

 

 

 

 

(2017年に他サイトで公開した記事をリブログしました)

【リブログ後追記】

ちなみにこの後も調査続行しました。なかなかいい話を聞くことが出来たので、おいおいブログにまとめたいと思います。

 

*1:出会い系サイトでは年齢確認を済ませないとすべてのサービスが利用できないようになっている

*2:ホテル別2万円で僕とセックスしてくださいの意

*3:LINEやカカオトーク

チャットレディーデビューをした話

チャットレディー。

その名を聞いたことがある人は多いと思う。パソコンが普及してからというもの、電子空間において疑似キャバクラを再現することが可能となった。

2000年代初期に綿矢りさが書いた小説『インストール』では、受験戦争からドロップアウトした主人公の女子高生と、その近所に住むパソコンに詳しい男子小学生が、既婚チャットレディの代行をする様子が如実に描かれていた。

主人公と同じく、今まさに就活戦線やキャンパス・ライフ・サバイバルから零れ落ちた二十代前半ろくでなし女の私は、久々にこの小説の存在を思い出し、本棚で埃を被っていたそれを読み漁った。

そして思った。

 

チャットレディ、やってみようじゃんか。

 

 

■チャットレディを始めるまで


まず、ネット上で現在のチャットレディ状況について調べてみたところ、小説『インストール』に出てきたような、テキストだけでのチャットレディというのは、もうほぼ絶滅状態であるらしい。そりゃ、冷静に考えれば、webカメラスマホという文明の利器が発明された現代だもの。チャットレディだって、より臨場感を得るために、フェイス・トゥ・フェイスになるだろう。

とりあえず、大手のチャットレディ紹介所を検索し、仮登録した。しかし、問題は本登録である。チャットレディは仕事の性質上、当然ではあるが年齢制限が儲設けられている。故に、仮登録から本登録のためには身分証を撮った写真と、身分証+それを持った自分を撮った写真を、先方に送る必要がある。仮登録のままでは仕事を紹介してもらえないのだ。

普段自撮りなどしない私は、この時自分のブス度を改めて思い知る羽目となった。たるんだ頬、化粧で誤魔化しきれないシミ、デカい鼻。こんなんで本当に客などつくのだろうか……という一抹の不安をよそに、私の本登録は完了した。

 

チャットレディ紹介所は、各チャットサイトを紹介してくれるエージェントのようなものである。紹介所の本登録完了後に、そこのサイトに出演女性(チャットレディ)としてログインするためのIDやパスワードが配布される。

 

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配属サイトは、アダルトとノンアダルトの希望によって決まる。いきなりアダルトをやる勇気はないので、ノンアダルトをお願いしたところ、Aというチャットサイトを紹介された。そして、その日中に早速仕事を始めることとなった。

とはいっても、思い付きですぐに始めてしまったので、カメラとマイクの用意が出来ていなかった。私のフットワークの軽さに、必要なデバイスが完全に追い付いていない状況である。とりあえず、パソコンでのデビューは難しそうだったので、スマホというデバイスを選んだ。

しかし、ずっと片手で持ちながら会話するわけにもいかないので、随分昔にごろ寝しながらyoutubeを見るために買ったスマホ固定器具を、ベッドの脇に固定した。ただし非常に揺れるため、時折左手を添えなければならない。かくして、不安定なベッドの上で私のチャットレディー人生は幕を開けた。

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チャットレディー側から見る画面は、以下のような感じである。

 

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左上に配信中、となっているが、この状態はお客さんが付くまでの「待機時間」である。その下にある7人という数字は、待機中の自分を、今何人の人が見てくれているのかということである。この待機時間にニコニコするなり何かしらのサービスをするなりして、お客さんに気に入ってもらうことが重要である。そして、お客さんからチャットのお誘いをもらうのを待つ。このように、お客さんから誘いを貰って二人きりでチャットをすることを「ツーショット」と呼び、これに発生する報酬がチャットレディの主な収入となる。

そして、今自分がどう写っているかが、画面右側に大きく表示されるわけであるが、そこに写る私はまごうことなきブスであった。画力の関係でイラストにて表現できないのが非常に残念である。化粧や光の当て方で頑張ってみたものの、やればやるほど首から上だけ真っ白のカオナシブスになっていく。

苦肉の策として、デカい鼻を隠すためにぬいぐるみで顔の下半分を隠した。こうすればまあまあ美人に見えなくもないが、それを続けていたところ、チャットから切断された。なんだなんだと思いシステム状況を確認していたところ運営から「顔を隠すな」とのお達しが来た。ノンアダルトのチャットはエロを売らなくても良い分、基本的に顔を出さねばならないので、自分の顔のコンプレックスと向き合う勇気と、身バレしても何も失うものがないという豪胆さが必要である。

そして、以下ではチャットデビュー当日に出会った印象的なおじさんについて記述しておこうと思う。

 

 

■流星のように消えていくオッサン

試行錯誤していた私だが、今度こそ顔面をしっかり露出し、チャットを再開した直後、なんとお客がついた。

突然ツーショットに飛び込んで来た彼は、私が「こんにちは!」と言うまでもなく、いきなり「立って」「全身見せて」と矢継ぎ早にテキストで命令してきた。

ろくに挨拶もせずにいきなり謎の要求をしてくる一発目の客——まるでインターフォンなしに土足で上がり込んできて自宅を踏み荒らされているような感覚であった——に、戸惑う私。

しかし、男性の「立って」要求は止まらない。

 

ど、どんだけ飢えているんだ!!!!!

 


そして「全身」「見せて」というワードが運営の監視に引っかかる言葉であったことに気づいたのだろう。

そのため、途中から命令が「stand up」と英語になった。欧米か。

 

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だがそんなテクニックも虚しく、男は運営側からつまみ出されたようで、チャットは瞬く間に強制終了した。

この間わずか30秒ほどであったが、流星のように消えていった彼のことを私は忘れない。そして心のなかで、彼を密かに流星おじさんと命名した。

 

 

 

■自称エステサロン経営のおじさん


流星おじさんの出現から数分をおいて、意を決した私は再びチャットに舞い戻った。すると、今度は幾分かまともそうな男性が来てくれて、世間話を始めた。今度はテキストではなく、向こうもマイクを使って話しかけてくる。

「住んでいるのはどの辺?」「大学ではどんなことを勉強しているの?」といったことを訊かれたので、チャット開始前に適当に作り上げたチャットレディとしての自分のプロフィールを基に話を合わせた。

世間話には世間話で返すのが礼儀である。男性に「どんなお仕事をなさっているんですか~?」と聞いたが、これが終わりの始まりであった。

待ってましたとばかりに、「エステサロンの経営ですよ(デュフッ ろっ、六本木に本社があってネ…」と男性が語り始めた。

なんか、ヤバい匂いがしてきたぞ。

 

先程まで普通の喋り方をしていた男性は、なぜか吃音ぎみになりながら早口で私に尋問を始めた。以下、会話のダイジェストである。

 

男「生理はちゃんと来てますか?」

私「え?」

「だから、生理はちゃんと来てるかって聞いてるんです!!!」

私「は、はぁ…来てますけど…」(何でキレてんだこの人…)

男「あっ、あはぁ…それはいい♡…で、でも生理痛はありますよね?」

私「ええ、まあ……多少は。女性はみんなそうだと思

「それはマズイですよ!女性ホルモンが足りていない証拠です!!」

私(どんだけ食い気味なんだよ……)

男「では、性交渉はしたことがありますか?」

私「は、はぁ?」

「ですから、膣に陰茎を挿入したことはあるのですかと聞いているのです!!」

私(いやだから何でキレてんだよ…)「いや、なくはないですけど…」

男「なくはないというのはどういうことですか?あるか、ないか、どっちかでしょう?」

私(うわめんどくせぇ…)「……じゃあ、ありますあります」

男「今の問診からわかりました。あなたは今、オバサン化が進んでいる状況です。すなわち女性ホルモンがとても少ないんですよ」

私「はあ…」(ていうか勝手に問診されてたのかよ)

男「女性ホルモンが多く含まれている食べ物はザクロなんですけどね、このザクロを一週間で30個も食べないと、本来の年齢の女性ホルモンを生成することが不可能なんです!だからね、女性ホルモンを食べ物で補うことは実質不可能なんですよ」(超絶早口)

私「はぁ……そうなんですか」

男「ぼ、ボクが経営しているエステは、この女性ホルモンがたっぷり分泌されるマッサージを行ってます。いつもは予約でいっぱいなんですけど、今回は特別に、◎◎ちゃん(私)を無料で招待したいと、お、思います。このサイトで店を教えると、う、運営に見つかっちゃうので、別のところで教えます。つきましては、ら、LINEを交換しましょう。」

 

う、うわぁあああ~~~!!勧誘だ~~~!!!!


彼の言うとおりに連絡先を交換して、その女性ホルモンがたっぷり分泌されるというエステサロンなどに行けば、間違いなくハメられてポイ、下手すれば事件に巻き込まれるのがオチである。というかそもそも、そのエステサロン自体も実在するかは怪しい。

明らかにヤバそうな勧誘なので、回線をブツ切りしてやろうかとも思った。しかし、こうしている間にも、チャットの料金メーター(=私に入る報酬)はぐんぐん上がっているので、私には利益しかない。とりあえず遊んでやることにした。気分はまさに博打女郎である。

 

私「ちょっと迷っちゃいますーウーン…まずはお店のホームページとか見て、雰囲気見てみたいなぁ~」

男「実は店のホームページがないんですよ。ちょっと忙しくて作れてなくてね……」

私(うわ、ますます怪しいやん…)「え~、そうなんですか~?」

男「そ、そうなんですよ。場所も六本木だし、ウチは一見さんお断りだから、信頼できるお客さんから紹介された人だけ入店できる紹介制みたいな感じでだからホームページは…」

私「え、一見さんお断りなのに、どこの馬の骨とも分からない私みたいなのを特別に無料で招待してくれるんですか?」

男「あ、え、う、うん。こういうところで出会ったのも、運命だからさ……」

 

ふははは、楽しい~~~!!!


画面の向こうで汗だくだくになっているだろう男を想像し、私がほくそ笑んだ瞬間だった。

 

「たかしーー!!ちょっと来なさい!!!」
——中年女性の怒号が耳をつんざいた。それも、相手のマイクの向こうから。

男性はそれが私には聞こえていないと思ったのか「ご、ごめんね、ちょっと電話。一回マイクだけ切るから、ちょっと待ってて」と中座した。実に変わった着信音である。

三分ほどして男性は戻って来たが、この間も私の報酬は着実にあがっていた。

男「いやー、ごめんごめん」

私「いえいえ~大丈夫ですよ。本当にお忙しいんですね、エステ経営!」

そう私が満面の笑みで言うと、男性は「で、でしょ?本当でしょ?信じてくれました?」と取り繕った。

 

いや、信じねーよ!!!
だって全部聞こえてたもん。

 

この後、数十分ほど引き延ばしたところで、男性——もとい、たかしさんは勧誘を諦めてチャットを切った。

たかしさん、お仕事が見つかることを祈ってます。

 

 

以上が私のしょーもないチャットレディ体験である。

真面目にチャットレディをやっている方には土下座するしかない。

一体大学を休んで何をやっているんだという感じではあるが、お楽しみいただけただろうか。

SNSの「しあわせ病」から脱却した話

SNSに生きている人は、こじゃれたカフェで美味しいものを食べたり、少し遠出して美しい風景を見たりしたって、それだけでは幸せにはなれない。食べたもの、見たものを写真にばっちりと写し、スマホの鋭利な加工フィルターを通して「私、今幸せしてますよ~」と世界に発信しないと、もはや幸福を感じられなくなったのだ。

これを、「しあわせ病」と命名したのが、ネットライターのセブ山氏である。著書の『インターネット文化人類学』を遅ればせながら拝読したが、この本は、要するに「あ~、ネットでこういう人いるいる」みたいなのに直撃し、その生態を分析したという書籍である。口語調で書かれた対談形式の文章が非常に面白く、ここ3~4ヶ月でもう数回熟読している。

 

◇◇◇

 

かくいう私も、つい最近まで「しあわせ病」の患者であった。Twitter,Facebook,Instagram。さまざまなSNSを駆使して、周囲に「充実してます!頑張ってます!」というアピールを常に欠かさなかった。

何かいいことがあったら、Twitterでルンルン♡と大げさに誇張して報告。何かで賞を獲ったら、Facebookで「〇〇さんに感謝!これからも頑張ります☆」など、ぎらぎらしているわりに薄っぺらい、アルミホイルみたいな言葉で武装して、私という人間を三割増しに見せる作業。そして、何かオシャレなお店に入れば、「インスタ映え」するフードを注文して、食べる前に写真撮影。フィルターを通しすぎて原型が分からなくなるほどグロテスクになった食べ物の写真をInstagramにアップロードし、「良い生活送ってるゾ♡」アピールは完了。

 

何が私をこうさせたかというと、それは紛れもなく、幼い頃、貧しさによって味わった屈辱のせいであった。

父親のアル中が酷く働いていなかった時期があり、母親曰く、当時住んでいた市の役所の人間に「こんなんでよく生活出来てますね」と言われたほど、我が家の通帳には悲惨な額が刻まれていたらしい。

それでも子ども三人を擁する我が家が辛うじて食べていけていたのは、母親が医療職でガツガツ稼いでいたからだったが、彼女は超がつく教育ママであった。結果、我が家の予算は塾や習い事の教育費に全振りされて、私の洋服は近所のお姉さんの色褪せたお下がり。「清貧」と言い張り、毎食のオカズは基本茶色でささやか。は?旅行?何それ?美味しいの?

こんな感じであったため、学校ではイケてる女の子たちに小馬鹿にされ、幼少期は辛酸をべろべろ舐めて生きてきた。この経験が今の私の人格を形成する礎になったと言っても過言ではない。

今の私は、負けず嫌いで、プライドエベレスト。

こうして、SNS自己顕示欲モンスターが爆誕した。「幼少期にこの私を馬鹿にした連中、見てるかーー!!?今なぁ、あんたらより上の生活送ってるんじゃボケーーー!!」と言わんばかりに、毎日世界中に「ワタクシ、あなたたちとは違う人間ですの」と発信(マウンティング)して、憂さを晴らしていたのだ。

 

 

では、私が、なぜこのSNS生活を辞めたかというと、

ぶっちゃけ、疲れたから。
その一言に尽きる。

 

SNSに書くための「いいこと」だって、そんなん毎日起きるわけねぇし、文筆での賞だって、そんな大したもん獲ってるわけじゃねえ!!!オシャレなカフェ???んなもん毎日行ってたら破産するわ!!!陶芸家のなんとかさんが作った皿にちまっとしたキラキラスイーツよりも、松屋でプラスチックの茶碗に盛られた茶色の丼をどどーんと食ってる方が、腹は満たされて幸せじゃボケ!!!!!

 

 

……そして、何より、自分を大きく見せるために頑張っている己のダサさに気が付いてしまったのだ。人に見せるためのフォトジェニックな幸せをせっせと作り上げる行為の虚しさが、私に自己嫌悪をもたらしたのだった。

 

 

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三月。TwitterFacebookInstagramのアカウントを全部削除して、小旅行に出かけた。一昨年にも同じ時期に訪れたことのある、秩父方面の温泉宿に泊まった。客室についていた露天風呂を、夫と楽しむ。そこから見える、蕾を膨らませた桜の木と、火照った頬を撫でていくそよ風、鶯の鳴き声が、私たちの胸に春の予感を充満させた。

風呂から上がり、二人で浴衣姿のまま宿の裏を流れる川を見に行った。以前スマホの画面越しに見た景色よりも、自分の目で、じっくりと見る風景の方が美しくて、心と足が、軽くなったのを感じた。

 

それは、SNSをやっていると自動的に入ってくる余計な情報の海に晒されずに済むようになったこともあると思う。だが、それ以上に、「キラキラアピール」をしないといけないという強迫観念から解放されたことが、私の精神衛生を良くしたのだ。

 

ひょっとして、誰かに見せびらかすための幸せよりも、世界中の誰もが知らないところで、ひっそりと幸福な気持ちになっていることのほうが、「しあわせ」なのではないだろうか。

 

17才のときに、見知らぬおじさんにぱんつを売った話

時効ですか、そうですか。

これは、私が未成年の時に、初めてぱんつを売ったときのお話です。

今、大学の卒論を、ジェンダー、とりわけセックスワーカーをテーマに仕立てようと構想しているのですが、指導教員に「なぜ、君は、ジェンダーをやりたいの?ていうか、本当にジェンダーをやりたいの?」と聞かれて、私は、答えられなくて、沈黙して。

確かに、ずっとジェンダーがやりたいと思っていた。去年まで、理系の大学に在籍していたけど、何か心に騒ぐものがあって、社会学がやりたくて、別の大学に編入。それなのに、ジェンダーをやりたい気持ちは確かにここにあるのに、それがどういうものなのか、私は説明できなかった。こんなに情けなくて、あほなことはない。

指導教員のふたつの瞳が、じりじりと私を焦がす。そのとき、ふと、心に引っかかっていた物が、ころんと喉の奥から出てきました。

「私、ぱんつ売ったことあるんですよ」

指導教員は、男性です。私より、十数歳ぐらい上の。先生は、「ほぉん」という感じで、にっこり笑った。それは、セクハラおじさんのイヤラシイ笑みではなくて、研究者の、探求心溢れる顔。そこからは芋づる式で、勝手に口が動く動く。昔、自分の性を商品化したこと。墓場まで持って行こうと思っていた、私の、誰にも見られちゃいけない(と思っていた)部分。なんと、それを、出会って数週間の指導教員に、喋ってしまったのです。

先生は茶化さない。それどころか、私の一言一句を聞き逃さぬように、しっかりと、耳に全ての神経を集中させて、聴覚を研ぎ澄ましているようでした。

だから、おじさんたちの「そんなこともうしちゃだめ!」とか謎の正義感溢れる的外れの説教なんて、ナンセンス。だってそんなもの、私は求めていないのです。

(自分だって、えろには散々お世話になってるくせに、風俗に来て、抜くだけ抜いといて、「こんな仕事もう辞めなさい!」なんて嬢に説得するオッサンいるいる~!)

 

だから、ここに、ぱんつを売った過去を、自分勝手に書き散らします。

 

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私の家庭環境については別の記事で触れていますが、ここでもうっすら書いておきます。私がぱんつを売ることにした、要因であるので。

 

早い話が父親はアル中、DV。母親は教育ママ。私は中学受験をして都内の私立中高一貫校に通う、まあまあエリートちゃんでした。しかし、家庭環境と勉強のプレッシャーに圧迫されて精神崩壊し、中三で自殺を試みるも失敗し、それから数年鬱と付き合って生きてきました。

夫のDVに耐えかねた母親は、私が15歳の時に、私だけを連れて賃貸マンションに夜逃げしました。ですが、私と母親はそこで二人きりになったことで、ますます親子関係を拗らせていきました。私は高校を辞め、バイトはしていたけど宙ぶらりん。母は、私の存在を頭の片隅にさえ置いておきたくなかったようで、とにかく仕事に没頭していました。ここまでが、ぱんつを売る前提の話です。

 

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高校にも行っていないので、日がなアルバイトをしていて、17才ながら月10万円ほどの収入はありました。しかし、特に買いたいものもなく、大金を手にした若い子によくありがちな「金銭感覚が狂う」とか、そういうのも私にはありませんでした。

ある日、偶然、ネットのいかがわしい広告で「ブルセラ」という言葉を知り、私は自分の履いたぱんつが5000円で売れることを知りました。

私の時給は、当時の東京都の最低賃金、850円。拘束時間8hのシフトで5000円ちょっとの日給だったので、目玉が飛び出るぐらい、ぶったまげました。私が一日汗水流して働いたお金は、その時私が履いているぱんつと同価値なのです。世界、なんて広いんだ。

私はそういった掲示板でやり取りをして、ぱんつを買ってくれるおじさんを見つけました。もちろん、ただのぱんつを5000円というわけではなく、何日か履いてしっかり匂いをつけるという「条件」を提示されました。

おじさん曰く、「若い女の子が何日も履いたパンツのにおいを嗅ぐのが好きだから、いっぱい汚してほしい」

人が履いたパンツをくんくんとか、ぺろぺろとか、ビョーキになりそう。

でも、世の中には、そういうフェティシズムもあるのです。若干17才で、私は知らなくてもいい世界を知ってしまった。

ぱんつは「手渡し」で渡したり、目の前で直接脱いで渡す「生脱ぎ」だったり、いろいろ方法がありますが、私は最もリスクが低そうな郵送を選びました。郵送先をみたら、長野だか岐阜だか、私の住んでいる東京からみると遠くにいる人でした。

来る日も来る日も、私は同じぱんつを汚し続けました。そして、イイ感じになったら、ジプロックに入れて、指定された住所に郵送。数日後、おじさんからお金を振り込んだことの知らせ兼ぱんつの使用感想メールが届きました。

私のぱんつはどういう匂いがして、おじさんはそれをどういう使い方をしたか、印刷したらフォントサイズ9ぐらいでもA4用紙ぎっしりになりそうなレベルで、みっちりレビューが書かれていました。

私は何が何だかよくわからなかったし、でもお金はちゃんと振り込まれていたし、すごく褒めてもらったので、とりあえず「ご利用ありがとうございました」という妙に事務的なメールを送ってしまったのを覚えています。今思うとシュール。

ぱんつを売ったのはそれきりです。世の中には未知のフェティシズムがあること、エンコーのように直接身体を売らなくても、自分のぱんつを売るだけで、エリート街道から零れ落ちて社会からずたぼろにダメ出しされた私の自尊心が、究極に満たされることを知ってしまいました。これが、私と"性"の出会いだったと思います。

そして、この後、ちょっとずつ、ずぷずぷと、"性"に触れていくことになりますが、とりあえず、今回はここまでです。

 


 

 

夢を見ているか

15歳で人生早々に自殺未遂を図った私は、郊外にある小児病院の心療内科に入院していた。そのとき、とんでもなく大きな夢を持っている女の子に出会ったことは、今でも忘れられないでいる。

 

「私、ハーバード大学に留学するの!将来の夢はモデル!そのために早く病院を出て英語ペラペラになる!」

 

その子、A子はお世辞にも可愛いとは言えない顔立ちで、いわゆる「おかちめんこ」だった。スタイルもかなりふくよかで、背は低い。極めつけには、入院して遅れをとっているため、同学年の勉強範囲すら怪しい。(それは入院している子みんなに言えることであったが)

外の世界と同じく、病棟にもカースト制度は存在していた。「デブスが何言ってんだよ」「お前がハーバードなんて行けるわけねーだろ!」と、 最も派手なグループの子達は、いつも彼女を馬鹿にしていた。

そんなA子は、私を慕ってくれていた。というのも、私だけは真面目に夢の話を聞いてくれたかららしい。真面目に、といっても私自身はそんなつもりはなく、鬱だったので他人から発せられる言葉を咀嚼する余裕がなく、ぼんやりと聞き流していただけだったのだが、自分の夢を否定しなかったのは私が初めてだったから、嬉しかったらしい。あとは、私が彼女より背が高かったから、モデルを目指すA子にとっては憧れだったらしい。

「どうしたら背が高くなる?」と毎日真剣に聞かれたが、私はA子の胸を見て「どうしたらそんなにボインになるんだよ」と返したくてしょうがなかった。

 

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時は流れ、その病院から退院して数年後、ちょうど私が大学受験を志した年だった。A子をバカにしていたグループのうちの一人、B美に会うことになった。Facebookで私を見つけたらしく、B美から連絡を取って来た。

新宿駅で待ち合わせて、ファミレスで食事をした。

B美は通信制の高校を卒業後、大学に進学せずフリーター生活を続けていたらしい。彼女は母子家庭であり、母親が病気を抱えてかなり生活がひっ迫しているようだった。

あれからもメンタルはかなり不安定らしく、まだ抗うつ剤から「卒業」できていないと漏らしていた。

「夢なんて持てないよ、こんな社会じゃ」

自嘲気味に言うB美を見て、やっとわかった。

この子は、ずっと、夢を見ているA子に嫉妬してたんだな。

私はその日以来、私はB美には会っていない。

というのも、彼女の辛い生活を耳にして私は自分のことを話さないつもりでいたが、本人から近況報告をしつこく求められたので、エッセイでちょっとした賞を獲って新聞や雑誌に掲載されたこと(大したことはない些細なものだが)、大学に行って出来れば大学院も行って研究者になりたい、だから大学受験をする、という目標を正直に話したら、B美は「すごいね」と言いつつ、笑顔を引きつらせた。

それからしらくB美と連絡を取っていたが、私の近況をしきりに聞いてくる彼女がうざったくなり、口論になって、最終的に喧嘩別れのようにして関係を断った。無論、Facebookもブロックされた。

B美は自分が安心できる「同志」を求めていたのかもしれない。傷を舐め合える仲間を探していたんだと思う。

 

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自分で言うのもどうかと思うが、私は他者からの嫉妬を買いやすい人間である。おこがましいことを承知で言ってのけるが、他人より少し地頭がいい自負はあるし、目標に向けて邁進できる気概を十分に持っていることが原因だろう。

あとは何より、自分の夢や目標を周りに宣言するタイプの人間なので、「夢を見ている人に嫉妬をする」タイプの人間にとっては、うざったいことこの上ないだろう。

大学に入ってからもそうだった。他者から見ると私はいささかイレギュラーな存在なようで(高校行ってないし、成人してから大学入ったし、いつも一人でいる癖に、妙にやる気みなぎってるから)、それ故他人から些細なことで揚げ足を取られるし、なぜか張り合ってマウンティング仕掛けてこようとする人もいるし、顔も知らねーような奴から謂れなき讒言を浴びせられることもあった。

年齢も大学に入るまでのバックグラウンドも全く違うのに、キミたちそんな相手につっかかってもどーしようもないだろ、自分と異なる存在を受け入れられないのかね全く、というのが私の本音ではある。しかし、いちいち相手にしていても仕方がないので、「ああはいはい、しょうがないでちゅね、よちよち」と心の中で呟いて、はい、次の人。

そういう人って多分、自分が夢をもてないから、有り余ったエネルギーをどこかにぶつけたくて、分不相応な夢を見ている人を叩きたくなるんだろうな、って。夢を見ている人に嫉妬をしているんだろうな、って。所詮、それぐらいの人間なんだな、って。(ネットで芸能人とか叩いてる人とかもこれと同じメカニズムなんだと思う。)

だから、他者の反応をいちいち気にしてたらキリがない。大体、人の夢を笑うような奴はロクな人間じゃないし、これからもロクな人間にならない。そんな連中が何を言ったって痛くも痒くもないんだから、好きなだけ自分の夢を語ればいいし、周りが引くぐらい夢に向けて鼻息荒く行動すればいい。

A子は今、何をしているだろうか。海外で活躍する、素敵なモデルになっただろうか。私はあなたのこと、今でも時々思い出してるよ。

心が美しい女性

引っ越しに向けてタンスの中の荷物を整理していた時のことだった。

たくさんのタンスの肥やしの中から出てきた、誰かへのプレゼント。色褪せた包装紙を開けると、真新しい一本のタイツが入っていた。

私はふと、それが誰から貰ったものだったのかを思い出した。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 高卒認定を取って暫く、大学受験に向けて勉強をしていた私は、近所の区立図書館に自転車で通っていた。広い道なのだが点字ブロックと段差が多く、転ばないように非常に気を遣う場所だった。

 その日、寒い冬の夕方だったが、私はうっかりブロックにタイヤを取られて、派手に自転車ごと転倒した。したたかに膝を打ち、皮膚は履いていたタイツごと擦りむけ、血がたくさん出た。鞄はカゴから投げ出され、いい年をした若者にも関わらず、思わず涙目になるほど痛かった。

 だが、誰も助けてはくれなかった。見て見ぬふりをして、私の横を自転車で通り抜けていくおじさん、私に視線をこぼすが「あらまぁ」という感想だけ漏らして去っていくおばさん二人組。

交通量が多い道なので人はたくさんいたが、当時妙に厭世観を持っていた私は「まあこんなもんだろうな」と思い、往来の真ん中でうずくまった。

 

その時だった、一人の女性が私に駆け寄ってきてくれた。

「大丈夫?」

20代後半ぐらいだった。彼女は自転車と私を道端に移動させ、近くにあったベンチに腰掛けさせてくれた。

「絆創膏と傷薬取ってくる、私の家、すぐそこだから。」

女性はそう言って、すぐ近くのマンションに駆け込んでいった。

道端で転んだ人間が放っておかれるのが当然だと思っていた私は、呆然とその背中を見つめた。

 

暫くして戻って来た女性は、救急箱と新品のタイツを持っていた。

私の手当てを素早く済ませると、「これ、どこかのトイレで履き替えて」とタイツを渡してくれた。

「でも」と私は断った。

そこは吉祥寺にほど近い場所だったし、タイツを売っているところなんてたくさんある。だから自分で買いなおそうと思っていたのに。

「いいの、今買ったばっかりのやつだから、気にしないで使って」

ますます気にするのだが……と思ったが、ありがたく受け取った。

 

「周りの人にどうしたのって聞かれたら、ちゃんと転んだって言いなね」

今だから分かるが、きっと女性は私の転んだ傷がレイプされた後だと周りに勘違いされたらいけないと思い、そうしたのだろう。タイツを渡してくれたのも、周りからのあらぬ勘違いを防ぐためだったのだ。それぐらい派手に転んで傷だらけになっていた。

 

私は彼女にお礼がしたいと思い、別れ際に連絡先を聞いたが教えてくれなかった。

「私にお礼をしなくてもいいから、困った人がいたら今度はあなたが助けてあげてね」

女性は私の荷物から飛び出ていた教科書を見て、勉強頑張ってねと言ってくれた。

私は大きくうなずいた。

 

 

 

そうは言うものの、お礼をしないのは気持ち悪い。またいつか道端ですれ違うこともあるかもしれないと思い、しばらくの間私は女性に返すための新品のタイツを持ち歩いていたが、それから二度とその彼女に出会うことはなかった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

私は彼女が何者かも知らない。

ただ、あの時私が出会った彼女は、今まで出会ってきた誰よりも心が綺麗な人だったと思う。その記録は、今でも破られることがない。

当時の鮮烈な記憶は、タンスの肥やしになっていたタイツによって蘇った。